五代友厚と万博

五代友厚は、1867年(慶応3年)にパリで開かれた国際博覧会(万博)で、薩摩藩の展示場確保に尽力、日本の万博初出展を実現した。
1865年(慶応元年)4月、鹿児島串木野より19名の若者が渡英。内15名はロンドン大学へ、4名は欧州視察に向かう。
五代友厚は軍艦や紡績機械購入に奔走する一方、ベルギー人貴族・モンブラン伯爵の仲介で貿易会社設立やパリ万博出展を模索。
国際社会への参加、万博出展の下地作りに取り組む先見を既に発揮する。

万国博覧会 略歴

■1851年
ロンドン万国博覧会(第1回)/603万人

■1853年
ニューヨーク万国博覧会/115万人
23カ国/約4ヶ月

■1855年
パリ万国博覧会(第1回)/516万人

■1867年
パリ万国博覧会(第2回)/906万
42カ国
幕府・薩摩藩・佐賀藩が出品
ジャポニズムの契機となった
薩摩琉球国勲章(日本初の勲章)

■1970年
日本万国博覧会(大阪万博)/6421万人
77カ国/アジアで初めて
※参考資料:ネット国立国会図書館