五代友厚は、1867年(慶応3年)にパリで開かれた国際博覧会(万博)で、薩摩藩の展示場確保に尽力、日本の万博初出展を実現した。
1865年(慶応元年)4月、鹿児島串木野より19名の若者が渡英。内15名はロンドン大学へ、4名は欧州視察に向かう。
五代友厚は軍艦や紡績機械購入に奔走する一方、ベルギー人貴族・モンブラン伯爵の仲介で貿易会社設立やパリ万博出展を模索。
国際社会への参加、万博出展の下地作りに取り組む先見を既に発揮する。
